皆さん睡眠の質はどれくらい意識していますでしょうか?
人生の3分の1近くの時間を占めている睡眠なので、「寝具にはお金をかけている」「睡眠は生活の基本」と睡眠に関心を持っている人は多いかと思います。しかしながら日本人は世界一眠らない国としても有名で、他の国と比べて睡眠時間が非常に短いという特徴もあります。
正しい時間に寝て正しい時間に起きている人であれば「起床後1時間〜5時間」というのは頭が非常に冴えた状態であり脳がよく動く時間帯のはずですが、朝の通勤電車の風景はどうでしょうか。多くの人がまるでその日仕事した後のように疲れ切って寝ている人がいませんか。
その原因はやはり「睡眠不足」でしょう。フランスの企業Withingsが行った調査によると日本人の平均睡眠時間は「6時間22分」と対象の14カ国の中でダントツで少ないことがわかっています。眠らないことによる弊害は大きく、肉体的な健康だけでなく日々の生活をどう感じて生きるのかという精神的な側面にまで影響を及ぼします。
ぜひこの機会に睡眠の重要性について再認識し、より良い睡眠ライフのための基本を押さえていきましょう。
睡眠の基礎知識
睡眠サイクルを意識する
睡眠の状態には大きく分けて2つあります。一つが脳も体も休まっているノンレム(non-REM)睡眠という深い眠り、もう一つが脳は起きているが体は休まっているレム(REM)睡眠という浅い眠りです。
睡眠中はこのノンレム睡眠とレム睡眠を交互に繰り返されており、これを睡眠サイクルと呼んでいます。レム睡眠は眠りが浅いため、一般に起きやすいタイミングというのはこのレム睡眠中とされています。
よく90分単位で寝る時間を決めた方が良いと言われていますが、このサイクルの周期がおおよそ90分であり、90分ごとにレム睡眠の状態になり寝起きがよくなるためとされています。とはいえ、これには個人差が出るため、90分という時間は目安になります。これだけを意識して睡眠すれば朝スッキリと起きれるかと言われると一概にはそのようには言えません。
少なくともノンレム睡眠の深い眠りの最中に叩き起こされると確実に寝起きは悪くなるのでそれだけは回避しましょう。
REM:Rapid Eye Movement(急速眼球運動)の略称
寝過ぎは健康には良くない
睡眠不足が健康に良くないことはなんとなく想像つきますが、寝過ぎも健康にはよくありません。
カリフォルニア大学のDaniel Kripke氏が実施した100万人規模の追跡調査によると、病気で亡くなった人が最も少なかったのは睡眠時間が7時間の人たちでした。最も死亡率が高かったのは睡眠時間が短いグループ(3時間未満)ではなく、なんと睡眠時間が長いグループ(10時間以上)でおよそ1.3倍ほどに増加することがわかっています。
睡眠時間が短かったり、長すぎる人というのはそもそも生活習慣が乱れている可能性もあるため、睡眠だけでこれほどの差が出るとは考えづらいですが、少なくとも日々の不調に繋がっていることは間違いないようです。
睡眠不足は太る
睡眠不足は肥満に繋がるということもわかっています。
夜更かしをすると、ついつい余計なものを食べてしまいがちかと思います。これが積み重なって肥満に繋がると思うかもしれませんが、主な原因というのは睡眠不足によって食欲に関わるホルモンの生成に影響を受けているからです。
そこで出てくるのが「レプチン」と「グレリン」呼ばれるホルモンです。レプチンは脂肪細胞によって生成され、肥満の抑制や食欲の抑制をしてくれるホルモンです。一方でグレリンというのは反対に食欲を上げる効果のあるホルモンになります。睡眠不足になると「レプチン」が減少し、「グレリン」が増加します。これによって食欲が上がっていくため、食べる量が増えて肥満に繋がるというわけです。
先ほどの図からも分かるように、睡眠時間とBMIに相関関係が存在しています。特に女性は顕著に出ており、睡眠時間が7〜8時間の人は最もBMI値が低くなるということがわかっています。肥満においても寝過ぎも寝なさ過ぎも良くないということがわかります。
BMI:Body Mass Indexの略 体重(kg)÷ 身長(m)÷ 身長(m)で計算される 標準は22
寝溜めは意味ない
平日の睡眠不足を解消しようと休日に寝溜めをしようと考える人がいますが、寝溜めは意味がほとんどありません。
睡眠負債という慢性的な睡眠不足で脳機能や体に大きなダメージを与え続けてしまう状態を指すものがありますが、寝溜めでは一部の負債を返す以上の効果は得られないということがわかっています。
慢性的な睡眠不足には継続的な睡眠時間の確保が効果的とされています。休日に取り返すのではなく、平日に睡眠時間と質を確保するための工夫をすることで睡眠不足にならないようにする努力をすべきと言えます。
病気はなった後に対処するのではなく、予防することで病気ならないことが時間的にも健康的にも最も効率的かと思います。
お昼過ぎの眠気の原因
14時くらいになると急激に眠気に襲われるというのは誰もが経験したことがあるかと思います。糖質の専門家に言わせれば、お昼ご飯で血糖値の乱高下が発生して眠気が襲ってくるというのが要因です。
もちろんこれも原因の一つかと思いますが、実はお昼ご飯を抜いたとしても眠気を感じることがあります。これは体内時計であるサーカディアンリズムが、日中の活動時間帯の中間時点である14時あたりで眠気が強くなるという傾向があることが挙げられます。
つまり、そもそもの人間の体内時計として眠気が強くなるように体ができているということです。とは言え14時に何も気にせずベッドで寝ることができる人は少ないかと思うので下記のような対処をして乗り切るのがおすすめです。
- コーヒーなどのカフェインを含む飲み物を飲んでから仮眠を15分ほどとる
- そもそも夜の睡眠時間及び質の改善をする
一つ目のカフェインを取った後に数分仮眠をとる方法はパワーナップとも呼ばれ、GoogleやAppleなどの超有名企業でも導入されている非常に有効的な手段です。上記でも説明しましたが、お昼過ぎに眠気が強くなるのは人体の作り上そうなっているものなので、眠気に抗うのではなく解消しよう、という方法になります。夜の睡眠ように何時間も寝る必要はなく、15分程度の仮眠をとるだけで眠気を十分飛ばすことができます。仮眠をとるだけでも効果はありますが、仮眠の前にコーヒーなどでカフェインを摂取しておくと30分後くらいでカフェインの効果が出るため、眠気をより飛ばしてすっきりしたい人にはセットで行うことがおすすめです。
ついでに、このお昼過ぎに眠気がやってくることを「ポストランチディップ」と呼びます。
サーカディアンリズム:概日リズムとも呼び、およそ25時間周期にくる動物の生理現象のこと。
質の良い睡眠で脳のクリーニング効果
睡眠というのは体を休めるというだけでなく脳を整理整頓する時間でもあります。
寝ている間も脳は動いていますが、睡眠が深くなるほど脳波の振幅は大きくてゆっくりとしたものになります。この間に日中に見たことや聞いたことなどの情報を記憶として定着させようと働きます。
深い睡眠に関わらずどの睡眠の段階でも記憶の定着や消去には関係しています。
新しい記憶はまず「海馬」に入って短期記憶として整理されたのち、脳が覚えておくべきと判断した内容が大脳皮質へと入っていき長期記憶として定着していきます。この海馬から大脳皮質への情報の伝達は、眠り初めの深いノンレム睡眠の時に行われます。
つまり、記憶力を高めたければまずはこの初めの深いノンレム睡眠の質を上げることが重要となってくるわけです。
質の良い睡眠をとる方法
睡眠は最初の90分で全てが決まる
先ほどから睡眠の質が重要であることは申し上げてきましたが、睡眠不足とならないようにするためには睡眠の質を上げるか睡眠時間を延ばす必要があります。
仕事に育児、人付き合いなどで現代人は忙しいため、7時間以上の睡眠時間を確保できないという方は多いかと思います。そのような日々の生活が忙しい人は、まずは睡眠の質を高めることに注力しましょう。
睡眠の質を決める最も重要なポイントというのが入眠初めの90分です。この90分は睡眠の中でも最も眠りが深いノンレム睡眠となっており、睡眠全体に占めるノンレム睡眠の大半はこの寝入り90分のノンレム睡眠です。
このノンレム睡眠の質が良いほど心身ともにリラックスすることができ、自律神経が整うだけでなくホルモンバランスが良くなります。
特に人の成長に関わるグロースホルモンはこの90分のノンレム睡眠時に睡眠全体における70%が分泌されます。
「寝る子は育つ」と言いますが、良く育っている人はこの初めの90分のノンレム睡眠の質が良いとも言えます。
基本的にノンレム睡眠とレム睡眠を90分前後の周期で繰り返されていますが、1回目のノンレム睡眠よりも2回目、3回目のノンレム睡眠が深くなることはありません。
そのため、1回目のノンレム睡眠が浅いものとなってしまうとその後の睡眠の質にも悪影響を与えてしまうため、朝起きた時に体がだるかったり頭がぼーっとしてしまったりと目覚めが悪くなってしまいます。
最初の90分の質を向上させる方法
では最初の90分の睡眠の睡眠の質を向上させるためにはどうしたら良いでしょうか。
特に意識すべきなのは「睡眠圧」という、端的に言えば眠気です。お昼過ぎや疲れた帰りの電車で頭がぼーっとしてウトウトしてしまったという経験があるかと思います。これはサーカディアンリズムに従って日中の活動によって睡眠圧が高まっていることに起因しています。
睡眠の質を高めるにはこの睡眠圧が最高潮に達したタイミングで入眠すれば良いのです。
様々な本で良い睡眠のために自律神経を整えましょうであったり、「アルコールは控えましょう」であったりを良く見ますが、これらの手段というのはこの睡眠圧を高める事につながっています。もちろんこれらの工夫をする事も良い睡眠を取るために効果的であるのですが、それ以上に眠くなる体の仕組みを理解することが重要となってきます。
体温と睡眠の関係
その一例として体温の変化と睡眠の関係です。眠りを導くポイントは深部体温と表面体温の差にあります。深部体温のとは脳や心臓、五臓六腑などの体の内側の温度のことです。体温計で測ろうとしている温度もこの深部体温です。表面体温とはその名の通り体の表面上の温度です。基本的に深部温度の方が高く、空気に触れている表面体温の方が低くなります。健康体であれば覚醒時の体温差は2度ほどになります。実はこの深部体温と表面体温の差が小さくなると睡眠圧が高くなります。
眠くなると手足が温かくなりますが、これは深部体温の熱が手や足などの末端の毛細血管に移動して熱放出が起きているためです。これによって深部温度が下がり表面体温との差が縮まり睡眠圧が高くなっていきます。つまり、寝るタイミングで深部体温を下げ表面体温を上げるための工夫をすることが睡眠圧を上げ、最初の90分の睡眠の質を向上させる効果的な方法となるのです。
具体的に深部体温を下げる方法や、表面体温を上げる方法は別の記事でとりあげようと思います。
また、下記の記事でも睡眠の質を上げる方法を取り上げているのでぜひ確認してみてください。
参考文献
Daniel F. Kripke, MD; Lawrence Garfinkel, MA; Deborah L. Wingard, PhD. "Mortality Associated With Sleep Duration and Insomnia". Arch Gen Psychiatry. 2002;59(2):131-136.
https://jamanetwork.com/journals/jamapsychiatry/fullarticle/206050