多くの人は「今よりもお金持ちになれば幸せになれる」と思い、日々大変な仕事をこなしてお金を稼いでいると思います。

残念ながら「お金持ちになれば幸せになれる」というのは科学的には否定されています。

なぜ金持ちになっても幸せにならないのか、その要因である「ヘドニック・トレッドミル現象」について紹介していきます。

ヘドニック・トレッドミル(Hedonic treadmill)現象とは

ヘドニック・トレッドミル現象とは、人が新しいものを得たりや生活が変化することによって一時的に多幸感を感じるものの、時間が経つにつれて元の幸福感の水準に戻ってしまうという現象のことです。

端的に言うと「当たり前になって何も感じなくなる」と言うことです。

おそらく誰もが下記のような経験したことがあるのではないでしょうか。

具体例

  • 付き合いたては燃えるような恋愛をしていたが、時間が経つと一緒にいるのが当然だと思うようになる。
  • 昇給して好きなものを買えるようになったが、その生活水準が当たり前になる。
  • 新車や新築の家を購入した時は今までにない高揚感があったが、1ヶ月で飽きる。

これは人が経験する幸福感というのが時間の経過とともに元の基準に戻るということです。

また同じ幸福度を得ようと同じことを繰り返しても、初めて得た時と同じ幸福度を得ることはできません。

このヘドニック・トレッドミル現象がどのようなときに発生するのか、いくつかの調査から見ていきます。

調査①:幸福度の50%は生まれたときに決まっている

ヘドニック・トレッドミル現象で幸福度が一定の水準に戻る一つの要因は「遺伝子」によるものとされています。

1996年に1,000 組以上の双子を対象として、10 年間にわたる追跡調査を行ったところ、社会的地位、学歴、世帯収入、配偶者の有無、宗教的などの指標は幸福度の3%程度しか影響がなく、幸福度のおよそ50%は遺伝子によって決まるということを報告しています。1

つまり、その人が幸せになるのかというのは生まれた瞬間に半分が決まり、残り半分しか自分でコントロールできないということです。

さらに注目したいのは、社会的地位、学歴、世帯収入、配偶者の有無など「これがあれば幸せになれる」と思われがちなものは、たったの3%しか幸福度に影響がないという点です。

昇進したり、第一志望の学校に合格したり、年収が大幅に上がったり、結婚したりすると一時的には「これ以上の幸せはない」と強い幸福感を感じることは容易に想像できます。しかし、その状態が継続するのはせいぜい数ヶ月程度で、1年後には当時の幸福感や高揚は忘れ去ってます。

結局のところ、お金持ちになったところで幸福度には数%程度しか影響しないということです。

調査②:宝くじに当たると幸福になるのか

莫大なお金を手に入れた人がその後の幸福度にどのような影響を与えたかを調査した研究を見てみます。

  • ヘドニック・トレッドミル現象について初めて調査された1978年の研究では「宝くじ当選者」と「半身麻痺者」のグループと比較したところ、徐々に新しい環境に慣れていき、幸福度はそれぞれのイベントが起こる前の元の状態に戻った2
  • 2008年にカリフォルニア大学で行われた研究では、所得の約8カ月分に相当する金額が当選したとしても6ヵ月後の幸福度は変化しなかった3
  • 2018年に行われた調査では、長期的な生活満足度や幸福度といった指標に関しては、裕福であることが必ずしも良いとは限らなかった4

お金は幸福度を上げないという3つの調査結果を引用しましたが、異論を唱える調査もあります。

  • 2007年にイギリス行われた調査では、£1,000から£120,000(当時で約23万〜250万)の高額当選者は、2年後の幸福度が1.4ポイント上昇
  • ノーベル経済学賞を受賞したプリンストン大学のアンガス・ディートン教授が2010年に行った研究では、年収が7.5万ドル(当時で約900万円)になるまでは、年収と幸福度に相関がある5

お金と幸福度の関連性についての研究は他にもたくさん行われています。ただ、サンプル数や調査期間、被験者の属性がバラバラのため、研究によって賛否両論あると言うのが現状です。

いくつかの論文を見た私の個人的見解は「お金持ちになっても幸せにはならないが、そのお金の使い方次第では一定の影響がある」です。

幸福度に影響のあるお金の使い方については下記で紹介しています。

【論文あり】幸福度を上げるお金の使い方5選 どのようにお金を使えば良いのか | BIO HACK LAB

今回は幸福になれるお金の使い方について、いくつかの研究をもとに5つ紹介していきます。 1. 経験に使う 2. 時間を買う 3. 将来の楽しみに使う 4. 他人のためにお金を使う…

調査③:ブータンは豊かになったのになぜ幸福度が低下したのか

豊かになったのに幸福度が落ちた国としてよく挙げられるのが「ブータン」です。

ブータンは、世界で幸福度を重視する国の一つとして知られています。

ブータンの幸福度の考え方は、「国民総幸福(GNH: Gross National Happiness)」という独自の指標に基づいています。この指標は経済的な豊かさだけでなく、環境保護、文化的伝統の維持、良好なガバナンスなど、人々の幸福に影響を与える様々な要素を総合的に評価するものです。

ブータンは過去に貧しい国でありながら、この国民総幸福度を中心に置いた政策によって、比較的高い幸福度を保っていました。

しかし、経済が発展し、国が豊かになる過程で幸福度が低下したという報告があります。

国連は2012年から、世界中の150以上の国と地域を対象にした「世界幸福度ランキング」という年次調査を発表しています。

この広範囲にわたる調査では、アンケート結果、国内総生産(GDP)、社会保障制度の充実度、人生を自由に生きることができる度合い、他人に対する寛容さなど、多岐にわたる指標を考慮して、各国の幸福度が評価されます。

南アジアにあるブータンは、発展途上国ながら2006年には世界8位となり「幸せな国」として広く知られるようになりましたが、2019年には世界95位と急落しています。6

これにはいくつかの要因があると考えられています。

  1. 他人と比較するようになった:経済が成長すると、人々の生活水準は向上しますが、それに伴って物質主義が増加する傾向にあります。物質的な豊かさが増えると、人々はより多くを求めて比較と競争の精神が高まり、幸福感を減少させる。
  2. 文化が維持できなくなった:ブータンでは、伝統文化の維持が幸福度に大きく貢献していると考えられていますが、近代化によってこれらの伝統が脅かされることが、幸福感に影響を与えている。
  3. 格差が広がった:経済が発展すると、富の分配に不均等が生じやすくなります。ブータンでも、都市と地方の格差や、社会的階層間の不平等が幸福度を下げる一因になっているかもしれません。

ブータンの例は、経済成長や裕福であることが必ずしも幸福度を向上させるわけではないということ、そして幸福度を高めるためには経済成長や裕福であること以外の要素が重要であることを示してくれます。

お金以外に何を求めれば幸福になれるのか

お金持ちになることが幸福度に大した影響がないということであれば、何を追い求めれば良いのでしょうか。

ハーバード大学にて1938年から学生268人を80年以上にもわたって幸福に関する追跡調査を行った研究は有名です。

この研究から生涯を通じて人々を幸せにする要因は「親密な人間関係」だということがわかっています。7

ポイントは人間関係の「量」ではなく、その質が重要であることを強調しています。信頼できる関係が心身の健康を支え、幸せな生活につながるということです。この研究は、人の一生に相当する調査期間に基づくデータと分析から、人生において本当に重要な要素が何であるかについて教えてくれています。

他の研究では、80代で幸せな結婚生活を送っている人たちは、肉体的苦痛が多い日でも気分が落ち込まなかったと報告しています。身体的健康が低下しても良好な人間関係がメンタルヘルスを良い状態で保つために重要な役割を担っていることがわかります。8

もちろん、親密な人間関係をつくればお金はいらないという話ではありません。何をするにしてもある程度のお金は必要です。

ただ、お金を持っていれば幸福になれるという希望は捨てるべきだと考えています。それよりも一緒に時間を過ごしてくれる大切なパートナーや親友に目を向けてみてはいかがでしょうか。

  1. David Lykken and Auke Tellegen. "Happiness Is a Stochastic Phenomenon". Psychological Science Vol. 7, No. 3 (May, 1996), pp. 186-189 (4 pages) Published By: Sage Publications, Inc.
    https://www.jstor.org/stable/40062939 ↩︎
  2. P Brickman, D Coates, R Janoff-Bulman. "Lottery winners and accident victims: is happiness relative?". J Pers Soc Psychol
    . 1978 Aug;36(8):917-27. doi: 10.1037//0022-3514.36.8.917.
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/690806/ ↩︎
  3. Kuhn Peter J, Kooreman Peter, Soetevent Adriaan, Kapteyn Arie. "The Own and Social Effects of an Unexpected Income Shock: Evidence from the Dutch Postcode Lottery". May 2008
    https://escholarship.org/uc/item/07k895v4 ↩︎
  4. Purdue University(2018). 『Money only buys happiness for a certain amount』
    https://www.purdue.edu/newsroom/releases/2018/Q1/money-only-buys-happiness-for-a-certain-amount.html ↩︎
  5. Daniel Kahneman, Angus Deaton. "High income improves evaluation of life but not emotional well-being". September 7, 2010
    107 (38) 16489-16493.
    https://www.pnas.org/doi/full/10.1073/pnas.1011492107 ↩︎
  6. UNIVERSITY OF LEICESTER (2006). 『University of Leicester produces the first-ever 'world map of happiness』
    https://www.eurekalert.org/news-releases/918323 ↩︎
  7. Harvard University(2017). 『Good genes are nice, but joy is better』
    https://news.harvard.edu/gazette/story/2017/04/over-nearly-80-years-harvard-study-has-been-showing-how-to-live-a-healthy-and-happy-life/ ↩︎
  8. Robert J Waldinger, Marc S Schulz. "What's love got to do with it? Social functioning, perceived health, and daily happiness in married octogenarians". Psychol Aging. 2010 Jun;25(2):422-31. doi: 10.1037/a0019087.
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20545426/ ↩︎